【完結】アイアムアヒーロー最終回が意味不明でひどいwww【最終話の予想考察まとめ】

『アイアムアヒーロー』といえば、2017年までビッグコミックスピリッツ(小学館)で連載されていたゾンビ漫画。作者は花沢健吾。大泉洋で実写映画化されたり、発行部数は数百万部は超えていたほど人気でした。

特に『アイアムアヒーロー』の衝撃的な一巻ラストに誰もが衝撃を受け、そこから人気に火が付いた漫画作品。そのため『アイアムアヒーロー』の最終話はどのように完結するのか誰もが興味しんしんでした。

ただ結論からレビューすると、『アイアムアヒーロー』の最終回は悪い意味で衝撃的。最終22巻のAmazonレビューは発売から数日も経たずに、まさかの50以上の酷評で大荒れ状態。未だに平均星2で絶賛炎上中。

そこで今回ドル漫では『アイアムアヒーロー』の最終話はどのような結末を迎えたのか?など筆者の考察も交えながら、アイアムアヒーローの最終回のネタバレ感想をレビューしていこうと思います。

【解説】アイアムアヒーロー 最終回 ネタバレ感想まとめ

まず『アイアムアヒーロー』の最終回を簡単にネタバレ。

主人公・鈴木英雄は比呂美を救うためにビルの屋上に向かう。しかし、比呂美の本性を知った鈴木英雄は比呂美を撃つ。暴走した比呂美の魔の手から、ZQN化した小田妹に助けられながらなんとか生き延びる。

そこでライフル銃のスコープで覗くと、数百メートル先にあるビル屋上にはヘリコプターと数人の人間たち。「選択ミスだったか」と鈴木英雄は後悔するものの、「どうせ操縦できなかったし」とすぐ受け流す。

このヘリポートに居たのは、クルスたちと中田コロリの一味。今まさに飛び立とうとしていたものの、クルスが本性を現す。そして一悶着。ここに割って入ったのが、数百メートル先にいた鈴木英雄。

「どうせ死ぬなら誰かを救いたい」とライフル銃で応戦したはいいが、中田コロリのを救った桐谷を射殺してしまう。しかも鈴木英雄は間違ってさらに中田コロリの腹部も撃ち抜くものの、そこには鈴木英雄が描いたコミックス。

なんとか致命傷は避けられた中田コロリたちはヘリコプターで飛び立とうとするものの、オバちゃんが巨大ZQNに食べられてしまう。しかし中田コロリはさながらヒーローのように救い、一行は伊豆七島へ逃亡。

○ZQNたちが消えた一年後にどんな結末が?

『アイアムアヒーロー』の最終回は中田コロリたちが伊豆に逃げ延びた一年後から始まる。

(アイアムアヒーロー最終22巻 花沢健吾/小学館)

ZQNたちはすっかり影を潜め、中田コロリたちは一種のコミュニティーを築き上げる。そこには中田コロリの子供をはらんだオバちゃんの姿。ZQNに取り込まれた直後、何故かオバちゃんはどんどん若返っていった。

(アイアムアヒーロー最終22巻 花沢健吾/小学館)

中田コロリは子供たちに囲まれながら、ひたすら漫画だけを描いていた。いつか鈴木英雄と再び再会したときに恥ずかしくない漫画を作ろうと使命感に萌えていた。まさに漫画の天才・中田コロリ。

一方、『アイアムアヒーロー』の主人公・鈴木英雄は東京に一人孤独にポツンと過ごしていた。ZQNたちは跡形もなく消えてしまったが、都会はジャングル化して野生動物が溢れかえっていた。

それ故に食糧にはあまり困らなかった鈴木英雄。

(アイアムアヒーロー最終22巻 花沢健吾/小学館)

しかし、鈴木英雄の頭はすっかりゴリゴリの不毛地帯。無事生き残ったものの、ひたすら孤独を味わっていた。「かかってこいよ…俺の人生…」という強がりも虚しく響く。そして、人間もZQNも消えてしまった都会の中で鈴木英雄の孤独な人生が始まろうとしていた。

以上、最終22巻の内容をざっくりネタバレするとこんな感じです。一言で感想を片付けると、うーん、わりと意味不明www

ZQNの正体は「陰キャども」の集合体?

だから『アイアムアヒーロー』の最終回を読んでも結局ZQNが何故発生したのかといった、これまでの伏線やナゾが明らかになることはありません。海外でも奇行ZQNがいましたが、あれは一体何だったんでしょうか。

確かにAmazonなどの感想レビューが荒れるのもうなずける最終22巻でした。

でも、ここで終わっても面白くないので個人的にいろいろと考察してみたいと思います。まずは「ZQNの正体」から解説。こちらに関して言えば、クルスの正体は今回の最終回で明らかになるので読み取れる部分があります。

(アイアムアヒーロー最終22巻 花沢健吾/小学館)

実は、クルスは生まれた時から寝たきり状態だった中年のオッサン。誰ともコミュニケーションを取ったことは一度もなく、夢の中で一人孤独に生きてきた可哀想なヤツ。

まさにクルスの正体から考察すると、ZQNとは「何のために生きているか分からない存在」の象徴と言えそう。こいつの負のオーラに様々な落伍者が吸収されていった。中でも、早狩比呂美そのものも得体の知れない心の闇を抱えていたらしい。

そのためZQNの正体は「落ちこぼれの集合体」「陰キャの集合体」みたいな解釈や考察が成り立つと思います。まさにZQNは「DQNにすらなれなかった連中の反逆」みたいなオチなんだったのかも知れません。

実際、『アイアムアヒーロー』作中の言葉を借りると、ZQNとは「ウイルスは絶望状態の人間には希望の光となる」もの。崇たちは選ばれた「次世代の覇者」とも呼べる存在だった。そのため「どうしようもない弱者も連帯することで強くなる」というメッセージも込められてるのか。

主人公・鈴木英雄は「本当の落ちこぼれ」

しかしながら、結果的に主人公・鈴木英雄はZQNになってない。

当然、鈴木英雄は漫画家としても落ちこぼれであり、女性にも全くモテない非モテ野郎。落ちこぼれの中の落ちこぼれの。主人公・鈴木英雄は最終22巻に至るまで、どうしようもないクズでした。

(アイアムアヒーロー最終22巻 花沢健吾/小学館)

例えば前述のライフル銃で応戦する場面だとZQNではなく、勘違いして普通の人間を撃とうとする。足を引っ張るというレベルではない。主人公・鈴木英雄は最後の最後まで役立たずのクズ。

しかも天下泰平のTシャツを着ているのが、中田コロリ。「マスク付けて女とイチャイチャしやがって」と危機的状況でも、醜い嫉妬心を全開。何が悲しいのかって、鈴木英雄は最後の最後まで中田コロリだと気付かない。

早狩比呂美との関係性も最終的には不和のまま終わってることからも分かるように、これまで鈴木英雄は判断ミスの連続でした。

一方、中田コロリは漫画の才能に溢れ、人気漫画を連載し続けただけではなく、ZQN討伐でもリーダーを務めたり仲間を救うなど要所要所で活躍。女とイチャコラという点でも、最終的に若返ったオバちゃんと何人も子供を作ってる。

鈴木英雄と中田コロリの関係性は実に鮮やかに対比されており、まさに「勝ち組」と「負け組」の構図。これは人類滅亡の状況でも変わらない。最終回で全てから逃げ続けた鈴木英雄が「かかってこいよ俺の人生」と強がってましたが、まさに残酷すぎるメッセージが込められてる。

最後までヒーローになれなかった鈴木英雄

つまり落ちこぼれの鈴木英雄は、ZQNにすら選ばれなかった落ちこぼれ。陰キャの非モテ同士でも仲良くつるむことができず、ひたすら他人を妬み嫉んで社会に大きな貢献をすることもない。

どういう社会になろうと結局、鈴木英雄が充実した人生は遅れない。そのためZQNが何故世界から消滅したのかというと、実は早狩比呂美の鈴木英雄に対する復讐。

(アイアムアヒーロー最終22巻 花沢健吾/小学館)

実際、早狩比呂美らしき意識が「この男は生きている方が勝手に苦しむから生かしておいて」と言う。そこに呼応するようにガチっぽい早狩比呂美が「生きて」と優しく畳み掛ける。

オチを読んでも分かるように、誰にも必要とされることもなく、鈴木英雄は死ぬまで孤独な人生を生き続ける。結果的に生き延びてるものの、まさにそれは早狩比呂美といった世のオンナたちからの復讐。

実は『I am a hero(アイアムアヒーロー)』という漫画タイトルも、「俺が世界中を救うヒーローですねん!」という強いメッセージ性は皆無である可能性が高そう。「a」は英語で「一つ」という意味がある不定冠詞。

つまり、正確には「僕は独りぼっちの英雄(ひでお)」と解釈すべきだったのかなーと完結した時点では考察してみる。少なくとも、『アイアムアヒーロー』に真のヒーローがいたとすれば、それは中田コロリその人。

結末は良くも悪くも「花沢健吾」らしい終わり方

そのため『アイアムアヒーロー』はいかにも花沢健吾らしい終わり方。とにかく考え方が自虐的で屈折してる。もはや人間的にマゾな域に達するほど思考が特殊で、自らが華々しく大成することは嫌なのかも。

結局、漫画のように世紀末に世界が陥っても、所詮は有能なイケメンがヒーローのように全てをかっさらっていく。一方、現在進行形で無能な非モテ男はどんな状況でも、誰にとってのヒーローにもなれない。

まさに救いがたいほどの根暗で残酷で、自虐的なアンチテーゼが『アイアムアヒーロー』という作品のテーマには込められていたのではないか。そして、花沢健吾の性癖や悪意が垣間見える最終回でした。

何故なら、最終的に鈴木英雄が早狩比呂美を撃ち抜いた点も含めて、『アイアムアヒーロー』も結局は可愛い若い女性に対する憎悪がビンビン。女子高生・羽生がヘリコプターで逃げ延びるシーンでオバちゃんの代わりに死んでしまったり、作者・花沢健吾の趣味嗜好が全面に出てる終わり方だった。

おそらく鈴木英雄が早狩比呂美をそのままヒーローのように救って終われば、まさに「王道漫画的な完結シーン」だった。でも敢えてそれをしなかった理由は、中田コロリの存在も含めて、当初から作者はバッドエンドな結末は想定してた可能性は高い。

ただ、『アイアムアヒーロー』は最初から売れ線路線に走りすぎた結果 or 一般人気が出すぎた結果、最終話や結末に近付くに連れて最後まで作者の思い通りの方向性に修正できなかったのが意味不明という評判のオチに繋がったのかも知れない。

『アイアムアヒーロー』の作者・花沢健吾は若いイケイケの女がとにかく大嫌い。さえない鈴木英雄が若い女子高生と結びつくという大団円の最終回は、ファン含めて冷静に考えたら有り得なかったのは間違いないか。

以上、随分前に完結した『アイアムアヒーロー』の最終回・最終話に関する意味の考察と感想でした。